ペンションの夜

東京行きの序で、五色沼まで足を
伸ばしました。数年前、智恵子の
故郷福島県安達町を訪ねた帰りに
見た五色沼の水の色が忘れられず、
もう一度、目にしたいと・・。

 「二つに裂けて傾く磐梯山の裏山は
 険しく八月の頭上の空に目をみはり
 裾野とほく靡いて波うち
 芒ぼうぼうと人をうづめる
 半ば狂へる妻は草を藉いて坐し、
 わたくしの手に重くもたれて
 泣きやまぬ童女のように慟哭する
 ・・・・・ 」(「山麓の二人」)

 高村光太郎が詠った磐梯山の麓
五色沼の近くのペンションに宿を
とりました。

さすがに夜はもう冷え冷えとしています。
薪ストーブの赤い炎が旅愁を慰めて
くれました。

談話室の錆びて動かないステレオに
サイモン&ガーファンクルと、
ビートルズのLPが飾って
ありました。

「サイモン&ガーファンクルが
今年、日本に来たんですよ。」
弾んだ声でそう言われたオーナ
の人は山形県出身、にこやかな
奥さんは茨城県の人とか。

“The Sound Of Silence”の
メロディーが聴こえてくるような
静かな夜でした。

翌未明、その静寂を破って
浅いまどろみの中に響いて
きたのは、激しい雨音・・

夜が明けきっても雨は止みそうに
ありません。

朝食を摂りながら、
しばらく思案しました。
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