足羽山山頂

 足羽山山頂古墳には、越前から第26代天皇となった継体天皇の石像が立っています。今も西の方、
福井平野から日本海、そして、その遥か彼方を見据えているかのようです。

 山頂古墳から西へ山道を進むと右手、こちらも古墳だったのか少しこんもりとした処に芦原の医師、藤野厳九郎の碑が
あります。
 仙台医学専門学校(現、東北大学医学部)の解剖学教授であった当時、日清戦争後の官費留学生として学んでいた
魯迅を懇切に指導したことは、よく知られているところです。

 しかし、魯迅は医学では中国を救えないと、文学を志して仙台を去りました。後に、魯迅は彼の著書『藤野先生』で
次のように述懐しています。

「出発の二、三日前、彼は私を家に呼んで、写真を一枚くれた。裏には『惜別』と二字書かれていた。
    (中略)
 ・・だが、なぜか知らぬが、私は今でもよく彼のことを思い出す。私が自分の師と仰ぐ人のなかで、彼はもっとも私を感激させ、
私を励ましてくれたひとりであ る。よく私はこう考える。彼の私にたいする熱心な希望と、倦(う)まぬ教訓とは、小にしては中国の
ためであり、中国に新しい医学の生れることを希望するこ とである。大にしては学術のためであり、新しい医学の中国へ伝わる
ことを希望することである。彼の性格は、私の眼中において、また心裡において、偉大であ る。彼の姓名を知る人は少いかも
しれぬが。」
                                      (竹内 好 訳)
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